2013年7月13日土曜日

「City Lights Orchestra」

高台を上る。

少しだけ呼吸が苦しい。思ったよりも急な斜面に動悸が速まるのを感じる。

頂上まで、あと少し。

夜の匂いを孕んだ冷たい風が、僕のシャツを優しくはためかせた。

少し先を歩くハルの後を追って、僕はやっとの思いで、頂上に立った。

高台の向こう側からは、僕が住んでいる街が見える。

見下ろすと、色とりどりのネオンが街を輝かせていた。

赤、青、緑、白、黄色。

とりわけ、白と黄色の光が目立って多い。

まるでステンドグラスを砕いて撒いたようだった。



「街の光の一つ一つにストーリーがあるんだ。」ハルが言った。

僕は黙って先を促した。

「こんな時間さ。もう大抵の人は灯りを消して、寝てしまっているよ。でも、こんなにこの街は明るい。多くの人が寝ずに部屋の中にいるんだ。」

ハルは宙の一点を見つめているようにも、街の灯り全てを視界に入れようとしているようにも見えた。

「ある人はきっと泣いているだろう。嫌なことがあったのか、つらいことが続くのか、膝を抱えて泣いているんだ。また、ある人はキスでもしてるんだろう。眠りに落ちるまでのほんの少しの時間に、小さな灯りを灯して愛を確かめ合っているんだ。」

ハルは僕の反応を認めることなく、言葉を続けた。

「また、ある人は絶望しているかもしれない。何度も何度も寝ようとしているのに、まるで悪夢にうなされるようにして起き上がってしまうんだ。そして、暗闇に何かが潜んでいるような恐さを急に覚えて、部屋の灯りをつけたのかもしれない。」

「あるいは、ある人はー」僕が言葉を受け取った。

「ある人は、何かに夢中になっているのかもしれない。眠る時間も惜しくて、一生懸命に何かをしているんだ。それを、人は夢と呼ぶかも知れないし、あるいは鼻で笑って馬鹿にするかもしれない。」

ハルが僕を見て笑った。
つられて僕も微笑んだ。

しばらくの沈黙が僕らを包んだ後、ハルがおもむろに口を開いた。

「何が正解かもわからない。何が不正解かもわからない。ただ一つ分かっていることは、僕らはこの時代、この世界に生まれ落ちて、毎日を生きているってことだ。」
「ああ。」
「それぞれの灯りに、それぞれのストーリーがあるんだね。」
「ああ。」
「それぞれが、それぞれの問題を抱えながら生きている。とも言える。」
「うん。」

「灯りがまるで、オーケストラのようだ。」
僕はハルの横顔を見た。

「違った音が重なり合って、壮大な一つのメロディを奏でているんだ。」

ハルはいたって真剣そのものといった様子で、変わらず遠くを見つめていた。

街の灯は、これでもかと言うほど綺麗に輝いていた。

僕らはそれからしばらく、無言のままその場に佇んでいた。

—僕は今でもあの夜の街の灯をしばし思い出す。

今夜もきっと、誰かの灯りが重なり合って輝いていることだろう。

ハルいわく、それはまるで「オーケストラ」のように。

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